大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)181号 判決

第一八一号事件控訴人・第二四三号事件被控訴人 国

訴訟代理人 樋口哲夫 外四名

第一八一号事件控訴人・第二四三号事件被控訴人 尾崎鋼材株式会社

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

第二四三号事件の控訴費用は一審原告の負担とし、第一八一号事件の控訴費用は一審被告の負担とする。

事実

一審原告訴訟代理人は、第二四三号事件につき、「原判決中一審原告勝訴の部分を除きその余を取り消す。一審被告は一審原告に対し金一億一、一二五万一、六〇〇円およびこれに対する昭和二五年一〇月二〇日から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも一審被告の負担とする。」との判決仮執行の宣言を求め、第一八一号事件につき、「本件控訴を棄却する。控訴費用は一審被告の負担とする。」との判決を求めた。一審被告訴訟代理人は、第二四三号事件につき、「本件控訴を棄却する。控訴費用は一審原告の負担とする。」との判決ならびに担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求め、第一八一号事件につき、「原判決中一審被告勝訴の部分を除きその余を取り消す。一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも一審原告の負担とする。」との判決を求めた。当事者双方の事実上、法律上の陳述および証拠の提出、授用、認否は、次のとおり付加するほか原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

第一、一審原告の主張。

一、公権力に基く国の公売処分については、指定生産資材割当規則一条、八条、九条の適用はない。右規則は、物件の譲渡人が.自由意思によつて当該物件を譲渡し、譲受人がこれを譲受ける場合についてのみ規定したものであつて、本件のごとく、国家の公権力に基き当該物件の所有者の意思を無視してこれを差押え公売する場合は、右規則の関するところではない。それ故、昭和二五年(一月一六日の訴外入江の本件統制物資公落が、その手続において右規則に従わないものがあつたとしても、もとより有効であるといわなければならない。

二、仮にしかずとしても、国の公売処分によつて統制物資が公告される場合は、公落人が右規則九条六号所定の統制物資の所管官庁の命令又は許可を受けて譲受ける場合に該当するから、割当証明書と引換に譲受けることを要しない。

三、仮にしからずとしても、右規則一条、八条、九条の規定は、強行法規ではない。元来経済統制法規のうち配給機構を定めるにすぎないものは(二れに違反する個々の取引行為の効力には影響を及ぼさないものと解されている。しかるところ、右各規定が配給機構を規整するものであることは、その内容自体に徴して明白だからである。

四、のみならず、一審原告は、訴外入江から本件物件の転売を受けるにあたり、同人の公落および一審原告への転売が統制法令に違反せざるや否やに疑をいだき、当時西税務署佐藤事務官につきこの点をただし、同事務官より統制物資であつても国が公売する場合には統制法令の拘束をうけない旨の確答を得てはじめて本件取引に踏み切つたのである。しかも、一審原告は、なおその上にも念を入れて、訴外日本鉄興をして本件統制物資に対応する割当証明書を準備させたものであること既に原審において主張したとおりである。それ故、本件物件が、一審被告による第二の差押がなく予定どおり昭和二五年一月二七日一審原告の手に現実に引渡されていたならば、割当証明書はただちに一審原告から入江へ、入江から税務署へ交付されていた筈である。しかし、本件において、国は公売に際し割当証明書を予め入江に対し要求したことがなく、又、物件も現実に引渡されたかつたから遂に割当証明書の問題が表面化しなかつたものであるにすぎない。かかる場合においては、割当証明書と統制物資が文字どおり「引換」に公落、転売されなくても、本件公落、転売は前記規則一条、八条、九条に違反するものではないと解す(換言すれば、本件公売処分は、割当証明書の手交不能を解除条件としてなされたもの)べきである。

五、一審原告と訴外入江間の本件物件売買のごとき、販売業者相互間の取引については、前記規則一条、八条、九条の適用はない。すなわち、右規則制定の根拠法である臨時物資需要調整法は、戦後の産業の回復および振興に関し経済安定本部総裁が定める基本的な政策および計画の実施を確保するための法律であつて、戦時中の統制法規のごとく戦争遂行の目的の下に公定価格を定め、物資の移動や取引の内容自体を規整する法規ではない。そのためには、経済安定本部の定める物動計画が崩されなければよいのであつて、右物動計画に従つて所轄官庁から発行された割当証明書を有する最終需要家に対し右割当証朋書の記載に従い物資が交付されれば足りるのである。当時の取引界の実情に照すも統制物資の販売業者相互間の取引においては割当証明書は事実上不要(物動計画の関係上割当証明書の交付自体が遅れるのが普通であつた。)であつて、統制物資を最終需要家に手交するときにおいてのみ割当証明書と引換になされたならば足りたのである。されば、右規則一条、八条、九条の規定は販売業者と需要者との間の取引のみについて設けられているものであつて、販売業者相互間の取引についての規定と解すべきものではない。(すなわち、この登録販売業者(本件においては日本鉄興)およびその傘下の普通販売業者(本件においては入江武雄商店および一審原告)は、いわば、これを一丸として一の登録販売業者とみるべきものである。)

第二、一審被告の主張。

一、国税の滞納処分により滞納者の財産を入札の方法で公売する場合において、その財産の所有権が入札者に移転する時期は、収税官吏が売却決定をなし、右決定通知が落札者に交付されたるときと解すべきものではない。公売処分に類似する民訴法の強制競売についてみるに、不動産については民訴六八六条に競落人は競落を許す決定により不動産の所有権を取得するものとすと規定されており、動産については右のような規定は存在しないが、有力な学説は民訴五七七条二項を引用したうえ、執行吏の競落の告知によつて売買契約が成立するが、所有権の移転は代金支払と引換に目的物の引渡を受けたとぎであるとしている。従つて、動産の公売処分についても右同様所有権移転の時期は売買契約が成立したとみなされるときではなく、買受代金納付のときと解して民法における意思主義の例外を認めることが、強制競売、公売処分等特殊の競売が所有者の意思によらず国の公権力により行われることから代金の確保を強く要請せられることよりして、妥当であるといわなければならない。されば、かかる従来の見解を確認する意味において改正国税徴収法はその一一六条において買受人は買受代金を納付したときに換価財産を取得すると規定しているのである。この点に関する明治三七年五月三一日の大審院判決は既に古いものであり、刑事判決であることよりしてもその指導性は少ないものといわなければならない。

二、昭和二四年一一月八日の本件物件の差押処分は大阪西税務署の収税宮吏が、その管轄区域外においてなしたものである。しかして、行政の分野においても司法の分野におけると同様地域管轄が守られなければ国家事務は混乱し延いて国民が多大の迷惑を蒙ることになる。それ故、法令は担当官吏に地域管轄の厳守を命じているのであつて、地域管轄に違反した行為は原則として無効となるとせられているのである。ただ、行政行為の相手方において管轄権ありと信ずべき正当の理由があるときは問題となり得るとされているのであるが、本件において訴外入江は絶えず税務署に出入していた商人であり浪速船渠の工場が西税務署の管轄区城外にあることも充分知つていた筈であり、また、管轄区域外に存する物件を西税務署の収税官吏が差押できないことも知りまたは知り得べかりし状態にあつたのであるから、管轄権ありと信ずべき正当の理由は存しない。従つて、右差押に基く翌二五年一月一六日の公売処分も無効である。

三、昭和二五年一月二六日本件物件の差押をなした収税官吏松ヶ崎浩らは、その処分当時本件物件につき以前差押がなされ、公売されていたことを全く知らなかつたものである。また、同人らは、同日朝西税務署に登庁後直ちに浪速船渠に右差押をなすため出張したものであるから、時間的にも本件物件につき公売代金が完納された事実を知る由もなかつたのである。それ故、右差押につき右松ヶ崎らに過失ありとは認められない。さらに、同年七月一七日および同年八月一五日の本件物件差押、同年八月三一日の公売処分は、同年七月一日附をもつてなされた西税務署長の本件公売処分取消決定(無効を宣言する意味においてなされたるもの。)に基きなされたものであるところ、右取消決定における本件公売処分が無効なりや否やの判断は極めて困難な問題であつて、仮に誤つていたとしても、右取消決定が無効な行政処分であるとはいえないのである。その後の差押および公売処分は右取消決定に基きなされたものであつて、これを担当した収税官吏において右取消決定が適法であると信じたことにつき過失があるとは認められない。いわんや、当時終戦後における税制の根本的改正により税務行政は相当混乱し、租税の税の徴収も円滑にいかず、収税収税官吏は滞納事件の山積に悩まされていた事情を参酌すれば、本件において収税官吏らに過失ありということはできない。

四、右のごとく、本件において収税官吏に過失が認められないから、収税官吏の不法行為は成立しない。仮にしからずとしても、国家賠償法に基く国の責任の根拠については学説上争があり、必ずしも不法行為について一種の使用者責任を負うものであると結論することは許されない。それ故一審被告は不法行為責任を負う者に該らない。従つて、一審被告は、一審原告が、-本件物件の引渡を受けていないこと、すなわち、その所有権取得につき対抗要件の欠缺あることを主張し得るものである。

五、一審原告は訴外入江から送金された四〇〇万円につき同訴外人に対し右金員は申出により何時でも返還するが、公売物件の引渡をうけることができないため多大の損害を蒙つているから、右返還の際同人との間の本件売買によつて一審原告の蒙つた損害額と対当額で相殺する旨の意思表示をしているのである。右は、結局損害額と相殺して返還しないことを意味するのであり、右公売物件もすでに第三者に帰属し、右意思表示の時から一三年を経過した今日なお右金員を返還していないことからみても、右四〇〇万円は右意思表示により本件損害額の一部として補填されたものと認むべきである。よつて、一審被告に何らかの賠償義務ありとすれば、これから四〇〇万円を控除すべきものである。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

当裁判所は、一審原告の本訴請求は原審の認容した限度において正当であり、その余は失当であると判断するものであるが、その理由は次に付加するほか原判決理由記載と同一(ただし、原判決終から二四枚目裏四行目に「一九のロ、ワ」とあるのを「一九のロ、7」と、同じく終から一一枚目の裏六行目に「徴妙困難」とあるのを「微妙困難」と各討正する。)であるから、ここにこれを引用する。

一、原判決理由第二記載の事実関係について。

1  原判決理由第二の一の事実認定を支持する新らたな証拠として、当審証人富岡芳勝の証言を追加する。

2  同じく二の事実認定を支持する新らたな証拠として、当審証人安田正一、同富岡芳勝の各証言を追加する。

3  同じく三の事実認定のうち、本件物件の公売代金納入の時刻の点につき、これを支持する新らたな証拠として右富岡証人の証言を追加する。また、本件物件の引渡の点については、右安田、富岡各証人の証言、当審における一審原告代表者本人尋問の結果中一審原告の主張に副う部分は原審および当審証人松ヶ崎浩、同大倉政実の各証言に対比し採用することができず、他に原審の事実認定を左右するに足る新らたな証拠はない。

4  同じく五の事実認定を支持する新らたな証拠として、当審証人安田正一、同中谷好太郎の各証言を追加する。

5  同じく九の事実認定を支持する新らたな証拠として、右中谷証人の証言および当審における一審原告代表者本人尋問の結果を追加する。

6  同じく一〇のうち、「証人沢田義雄の証書および原告代表者本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第六号証の一」とあるのを、「当審証人清水清の証書および当審における一審原告代表者本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第六号証の一の一、二」と改める。また、本件物件中非統制物資(リベツト、ボールトおよび非鉄金属を除く。)の昭和二五年八月三一日付時価については、新らたな証拠として前記中谷証人の「自分の調査した右非統制物資の昭和二五年八月当時の価格は少くとも原判決添付別表のとおりである。」旨の証言部分が存するのみであるが、右証言は本件における右非統制物資の特定の不充分さを考え合せるとき根拠極めて薄弱の感を免れず、これをただちに採用することはできない。結局、右非統制物資の同日現在の時価は本件にあらわれた全証拠によるもこれを認めることができないものというべきである。

二、当審における一審原告の主張について。

1  一審原告は、まず、公権力に基く国の公売処分については、臨時物資需給調整法および指定生産資材割当規則の適用がない旨主張するが、等裁判所は右主張を採用せず、この点を積極に解する。その理由は原判決理由記載と同一である。

2  一審原告は、本件物件の入江に対する公売処分は、指定生産資材割当規則九条六号の規定に該当する旨主張する。しかしながら、右法条にいう統制物資の所管官庁とは指定生産資材の生産を所管する行政官庁を指称するものであつて、統制物資を公売する場合における税務署のごときはこれに含まれないこと同規則一条四号に照し明白であるから、訴外入江の本件統制物資公落は同規則九条六号に該当するものではない。従つて、右主張は理由がない。

3  一審原告は、次に、右規則は配給統制の機構を定めたものにすぎないから強行規定ではなく、これに違反した取引といえども私法上の効力を否認さるべきでない旨主張する。しかしながら、臨時物資需給調整法は終戦後のわが国における産業の回復振興に関する基本的政策および計画の実施を確保するため制定された法律であり、同法に基く指定生産資材割当規則は、右目的達成のためその附表第一において指定された重要生産資材につき需要者販売業者に対する割当や譲渡の方法を規整したものであつて、指定生産資材の譲渡については同規則所定の手続、方式に従つた取引のみを認め、これによらざる取引は一切その効力を認めない趣旨であると解されるから、右法令はいわゆる強行法規であるというべきである。よつて、右規則に則ることなくされた本件公売処分は無効と解するのが相当であり、一審原告の右主張は理由がない。

4  一審原告は、本件係争の統制物資については一審原告においてこれに対応する割当証明書を日本鉄興をして準備させており、何時でも税務署に手交することができたから、本件公落は適法なものであると主張する。しかしながら、指定生産資材割当規則によれば、指定生産資材は、その需要者、販売業者に対し予め主務官庁により割当および割当証明書の交付がなされ、右割当を受けた需要者、販売業者においてその有する割当証明書と引換に生産業者又は販売業者から指定生産資材の譲渡を受け得る機構になつており、右手続、方式による以外の一切の譲渡が禁止され(ただし、同規則八、九条中にその例外が定められている。)、かつ、割当証明書自体の譲渡行為も禁止されているのである。しかるに、本件統制物資については、一審原告の主張によるも、一審原告が訴外入江からこれを譲受けた後はじめて一審原告の指示により日本鉄興においてこれをさらに一審原告から転買するため割当証明書を準備したというにすぎないのであつて、本件公売処分に際し訴外入江が販売業者として鋼材等鉄鋼品の販売業者割当を受け、販売業者割当証明書を有していたというのではなく、従つて、入江としては法の禁止をおかして他から割当証明書の譲渡を受けるのでなければ割当証明書と引換に本件統制物資の譲渡を受けられなかつたことが明らかである。それ故、本件公売処分は前記割当規則八条、九条に則つて行われたものでないというべきであり、一審原告が日本鉄興をして割当証明書を準備せしめた事実が存するとしても、右は本件公売処分を有効ならしめる由もない。一審原告の主張は理由がない。

5  なお、一審原告は、訴外入江と一審原告との間の本件物件の売買業者相互間の取引であつて、これに対しては前記規則一条、八条、九条の適用がない旨主張する。しかしながら、当裁判所は、原審と同じく本件物件中統制物資についての本件公売処分が無効であると判断するものであるから、仮に右入江と一審原告との間の売買が統制違反でないとしても一審原告が右統制物資の所有権を取得しえないこというまでもなく、右主張については判断を加える必要がない。(ただし、念のため結論だけいえば、販売業者相互間の指定生産資材の譲渡についても前記規則八条、九条の適用があることはもちろんである。)

三、当審における一審被告の主張について。

1  一審被告は、強制競売、公売処分等特殊の競売については、代金確保の要請からして公競売物件の所有権移転の時期は買受代金納付の時である旨主張するが、代金確保の要請に対しては一般原則に準じ物件の引渡と買受代金の支払とが同時履行の関係に立つていることをもつて充分となすべく、かかる要請が存するからといつて公競売物件の所有権移転の時期を一審被告主張のごとく解しなければならないものではない。また新国税徴収法がその一一六条に一審被告主張のごとき規定を設けたこともかかる規定の存しなかつた旧国税徴収法に基く公売処分について原審のごとき解釈を採用するにつき何らの妨となるものではない。のみならず、公売物件の所有権移転の時期は代金完納の時であると解するにしても、本件において、一審被告のなした昭和二五年一月二六日の第二の差押処分に先だつて同日午前一〇時頃本件物件の代金が西税務署に完納され、この時において本件物件中非統制物資の所有権は訴外入江(従つて一審原告)に帰したものということができるから、原審の結論に何らの影響を及ぼすものではない。右主張は理由がない。

2  当審における一審被告の主張二、三についての当裁判所の判断は原判決理由記載と同一である。

3  一審被告は、一審原告において本件物件の引渡を受けていないからその所有権取得につき対抗要件を具備しておらず、従つて本件物件につき所有権を有することを一審被告に対抗しえない旨主張し、一審原告において本件物件の引渡をうけていないことは前示のとおりであるが、訴外入江から本件物件の公売代金が完納されていることは一審被告もまたこれを認めているのであるから、本件公売処分を執行した一審被告としてはその差押にかかる本件物件中非統制物資を当然公落人入江に引渡すべきものであること明らかである。してみると、一審被告は自ら訴外入江に右物件を引渡さないでおきながら、そのため一審原告において本件物件の引渡をえられないのであるにかかわらず、まさにその引渡のないことを理由に一審原告の対抗要件の欠缺を主張するもので、かかる主張は信義則に反し不当であり、一審被告は一審原告の対抗要件の欠缺を主張しうる正当なる第三者にはあたらない。一審被告の主張は理由がない。

4  一審被告は、訴外入江が一審原告に送金した四〇〇万円により本件不法行為による損害が右金額の限度において補填されたと主張する。しかしながら、右主張を認めるに足る証拠は存しない。もつとも成立に争ない甲第五号証の一、二、原審証人富岡芳勝の証言、原審における一審原告代表者本人尋問の結果によれば、一審原告は昭和二五年二月一四日頃その取引銀行の預金口座に訴外入江から振込まれた四〇〇万円につき同月二四日入江に対し右金員は一応預かるが何時でも申出があれば返還する、右返還の際入江との間の本件物件売買契約によつて一審原告の蒙つた損害額と対当額において相殺する旨通知した事実は認められるが、右相殺の意思表示は訴外入江と一審原告との間の売買契約に基く損害賠償債権を自動債権として行われたものであつて、右意思表示が一審原告所期の効果を生じたか否かの点はしばらく措き、少くともこれによつて本件損害賠償債権に対する補填が行われたと認むべきでないことは明らかである。よつて右主張も理由がない。

以上説示のとおりの次第であつて、原判決は相当であり、一審原告の控訴および一審被告の控訴はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条に従い主文のとおり判決する。

なお、一審被告の担保を条件とする仮執行免脱の宣言の申立は不相当と認めてこれを却下する。

(裁判官 小野田常太郎 柴山利彦 宮本聖司)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例